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(おまけ) 弱くなった権力がつくりたがる法規制 

 

権力は税金をあつかう立場から、放置するとかならず合法的に横領行為をするようになります。すなわち、他人の金を扱える商売では人は性悪説で対処しなければなりません。

税金の流れを意志決定でできる立場を「金流に位置する」といいます。会社の経営者達も同じく公金の使用先を意思決定できるため金流に位置しています。こうした中で仕事をする人の集団は一般の人より高い比率で横領行為が発生します。

  合法的に横領行為をしている例としては、官僚の天下りによって、数億円の給料と退職金を手にするやり方があります。天下り先で、官製談合の中心人物として国家予算の工事を確保するだけの役割です。難しいことではありません。入札価格を後輩からリークしてもらえばいいのです。

中国は、過大な人口を抱えて常に暴動や反体制活動の危険を内包した国家です。さらに急速な経済成長の中で共産党関係者と一般人民との貧富の格差が拡大していますが、国家発展のためという名目で、かなりのケースで住民の不法立ち退きを強制したりしたため、今までになく暴動が増えています。

そのような背景の中で、中国国務院は中国情報産業部のインターネット・ニュースの取り締まり規制法を更新しました。第19条には禁止されるニュース内容が列記されています。
国民の不満を背景にもつ権力が何を規制したがるか、規制条文を見るとわかりますね。以下は青い文字でかかれたものが「中国のインターネットでいけないものは・・・」という規制内容の条文です。

これらの規制は中国人だけでなく、日本人でもわたしの生まれる数年前には行っていたことです。そして権力とは己の欲望のためにいつもこうしたことをしたがるものなのです。

 

<権力は人民の何を規制したがるか>

 

     

  • 行政官ができる抑圧権限の自由化

  • 反体制集団への抑圧権の合法化
    檄文を出させない
    結社の自由をもたせない
    民間組織は登録しないものを許さない
    集会を行わせない
    宗教でも規制する
  • 権力者と金流をになうセレブに対する事実流布を許さない
    デマ、他人への侮辱を規制する
    その名目ででっち上げ逮捕も可能にする
    

 

 権威付け

 

(インターネットで流していけないものは・・・)
憲法が定める基本原則に違反するもの

規制条文としては妥当です。憲法を本気で守る気があれば、国民の暴動など起こりませんね。だから次からの条文が本当にやりたいことです。

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 行政官が抑圧できる権限の自由確保

  

法律、行政法規が禁止する内容を含むもの。
行政官がすきなように判断し禁止できれば、あらゆることが抑圧可能になる。

禁止する内容と具体的な禁止処置行動を一般に公開して、内規にさせないことが重要。

国家の安全を害し、国家機密を漏洩し、国家政権を転覆し、国家統一を破壊するもの
判断基準が公開されない限り自分達権力に不利なことはすべて処罰できる

国家の栄誉および利益を害するもの。
政権に対する正しい提言でも「わが国は、正規に運営されている。それは国家の栄誉を傷つける言動である」といえば無条件に抑圧できる。国家の利害だとあらゆることを規制の口実にできる。

栄誉を傷つけるかどうかは裁判所の判断となる。残念ながら、歴史では、権力批判に対しては裁判所は国家権力よりだけの判断をすることが多い。これまでの法体系は国家を裁くことにむいていない。民主主義の課題である。

水俣病の裁判で裁判長であった相良甲子彦(きしひこ)氏は国家と熊本県の対処責任を指摘した。当時は、国家発展のためなら公害等口にするなというような風潮があった。その中での判断である。それ以降の日本の公害裁判を正常な方向に向けた偉大な裁判官である。本来ならば銅像が建ってよい事跡を残した方である。しかし、彼への処遇は日本の裁判所からは冷や飯を食わされた。水俣市の人々は彼の銅像を立てないのだろうか?

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 反体制集団の自由な抑圧権

民族的憎悪、民族差別を扇動し、民族の団結を破壊するもの。
中心である自分達グループと反体制グループを意識したもの。行政官およびそのセレブ達は、出自が偏っているケースが多い。そこをついて「自分達グループばかりを優遇している」とわるく言う者は抑圧できる。

それを避けるには、このような条項に適合するかどうかの判断に際して、決定者氏名を公開して、管轄以外の複数の人々による公開判断が必要である。また不正に使った権力行使者は民主主義への反逆者として厳罰が下されるペナルティ条文が制定されていなければならない。

不法な集会、結社、行進、デモ、群集を扇動し、社会秩序を騒乱するもの。
不法であるかどうかを少数の人間が決められる条件下では、権力者が反体制の群衆行動を一方的に社会秩序を騒乱させるとして弾圧する。またリーダー格の人物排除に使う。

権力にいる一部の者が、不法であるかどうかを決めてはいけない。結社の自由は民の保護の最も大事な部分である。

不法な民間組織の名義で活動をおこなうもの。
登録しない政治活動はすべて違法と解釈する条項。民間人を個々に分離し、反体制の勢力を作らせないようにすることを目的とする。

集会の自由も国家から民を保護する重要な部分である。

国家の宗教政策を破壊し、邪教や封建的迷信を宣伝するもの。
権力者の特質として、たとえばオウム真理教の日本転覆計画の排除より、反体制グループの摘発のほうが熱心である。歴史的に見ても宗教を求心力とした反体制活動は数多い。王が既存宗教を弾圧した事例は数多い。権力者は、宗教を利用した政権転覆を最も恐れるが、この条文なら簡単に抑圧できる。すでに公安のインターネット盗聴は公然の秘密。特別にこのような条文を設けなくても、十分に権限はある。

権力の一部の者が、かってに邪教と判断する状態は危険である。邪教と判断する根拠を国民に提示させ、邪教と指摘された側に反論の機会を公的に与えなければならない。またその公判の内容は公開されなければならない。同時に、公開された基準で邪教と判断されたばあいには、国民はその宗教の解体を受け入れなければならない。

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 権力者と金流をになうセレブに対する事実流布を許さない

デマを流し、社会秩序を騒乱し、社会の安定を破壊するもの
実際に集団活動をして、政権に不利な言葉を言った瞬間から抑圧できる。またでっち上げも簡単。

告発がデマであるかどうかを明らかにすることは、社会の不正を正す意味で、双方ともに社会に緊張をもたらす。したがって、告発されたほうへの立ち入り調査権を認め、調査を実施しなければならない。単純にデマを飛ばしたとして逮捕させることは、権力の腐敗を助長させ、恐怖政治をもたらす。

わいせつ、色情、賭博、暴力、恐怖を流布し、または犯罪を教唆するもの
妥当のように見えるが、最後の「恐怖を流布し、または犯罪を教唆する」と言う文言で、政治的プロパガンダを自由に抑圧できる。わいせつなどを中心としたことを言っているようで、後半では流布行動と教唆行動を忌避しており、二つの内容がひとつのことのように扱われているため、規制内容がカモフラージュされている。
「このままでは我々の生活は搾取されたままだ。もっと口を開こう」といえば逮捕できる。

何がわいせつで何が恐怖で、何が犯罪かの判断基準が公開されないかぎり、自由な取締りが可能である。

他人を侮辱または誹謗し、他人の合法的利益を侵害するもの
日本の2チャンネルがすべて加害者かどうかということを考えればよい。もとはといえば、社会の悪行をしていた権力者達に対する告発。こうしたことを権力者は一番嫌がる。デマでなければ、侮辱したことでも逮捕することができる状態は異常。一般に最初に被害を受けたほうは、仕掛けて告発されたほうの内部事情へアクセスできないことがふつうである。国家への情報公開要求は黒塗りなどで官僚からしつこく抵抗されている。

権力者相手の侮辱・誹謗と地域社会で行われている侮辱・誹謗は別にとらえられなければならない。「A氏は市長として無能だからやめるべきだ」ということまで侮辱ととらえてはいけない。

また、告発は権力の横暴を規制する最大の手段なのだから、告発であるか、侮辱であるかの調査機関を設ける必要がある。このときの調査行為は権力が行ってはいけないし、その組織の考課権限も権力が握ってはいけない。

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 権力者の行う大衆操作

セレブのつくる権力とそれに同調するメディアの人々は、彼らへの批判が生じたときに、上で示したような規制体系を作りたがります。それと同時に必ず行うキャンペーンが存在します。 それは賛同や同情を起こさせないように民衆の意見を分断する巧妙なキャンペーンです。
  1. あなた方の意見はやっかみであると思わせる。

    読売新聞のなかで、学識経験者の意見欄でよく行われています。高額所得者が、公的にも非公式にも自分達に有利なルールや仕組みをつくって公平な競争を阻害していることは事実として数多くあります。談合などはその一例ですね。このキャンペーンは預金のゼロ金利批判に対しても行われました。

    こうしたルールの不公平さを指摘する人に対して、制度の話として取り上げさせないように、その主張への批判として、「個人の未熟さによる正義感や、人格の問題である」として「不平ばかり言っている人物」とレッテルを貼ります。こうしたことは日本という大きさで考えると東大法学部がつくるグループとその係累、取り巻きに多いように感じます。

  2. 主張している人の下ネタ情報を捏造して、尊敬させないようにする。

    ホリエモンがフジテレビの買収をしようとしたとき、Yahoo株式欄のBBSではものすごい量の組織的な下ネタ情報が流されました。彼がやろうとしたことが正しかったのかどうかは別として、こうした権力の行う個人の尊厳を噂話でおとしめることがあるという事実は確かです。

    こうした活動は、裏社会の人々と連携して行われていると推測されます。権力は中国の規制に見られるように「わいせつ、色情、賭博、暴力、恐怖を流布し、または犯罪を教唆するもの」を取り締まる味方であるはずなのに、同じことをしてもホリエモンの時には取り締まろうとする形跡も見せませんでした。どの既存メディアも個人の尊厳をおとしめる行為として批判する取り上げかたはなかったと思います。

  3. 言葉の選び方で、悪いことだと思わせる。(白を黒としてしまう)

    山口県光市の殺人事件の最高裁判断がでて、犯人の少年に死刑の判決が出そうになったとき、死刑反対の弁護士グループが大弁護団を作り、それまでの審理過程にない内容である「少年が突然甘えたくなり、拒否されたから殺した」という作戦にでた。少年はその前に友達へ、数々の無反省の手紙を送っている。これに対して、弁護団に対してのネット上での批判が強まり、弁護士の懲戒請求を求める動きがたかまり実際に数多くの弁護士懲戒請求が出された。一部にはカッターナイフの刃などが弁護士などに送られて脅迫されたりした。(参照: ウィキベディア 光市母子殺害事件)

    この件に関して異例の速さで、7月6日にNHKの特集がくまれた。2ちゃんねるの「祭」という用語を使って、こういう行為をすれば取締りが強化されるよという報道を行いました。

    この「祭」と言う概念は何も今日この頃始まったわけではなく2ちゃんねるの歴史と同じくらい古くからあるものです。なぜNHKが今の時点でここで取り上げたかのほうが気になります。それはきっと弁護士の懲戒請求というこれまでの民衆が行わなかった行為が行われて、権力を不安にさせたからだと思われます。権力とNHKとの関係は定かではありませんが、「祭」と言う概念の取り上げ方は明らかに不穏な暴動と同じものとして報道されていました。

    権力が行う組織的な個人の尊厳の破壊行為が認められるのなら、2チャンネルの「祭」には不穏なものはありません。不穏になるとすれば、これから権力が行う抑圧が不穏なものへと変化させてゆく動機になります。

    歴史的には、コンピューターネットワークの必然の帰結としてネットの権力化が指摘されていますが、ネットの人々が、自分達の行っていることを力と感じ始めた段階が現在だと考えられます。テレビが出始めたときに、今のような第3の権力になるとは誰も感じなかったように、これまでは既存権力はネットの力を無視できたわけです。

    いま、NHK(およびその裏の権力)が、自分達権力をおびやかす目障りな勢力としてネット社会を排除する方向で動き始めたのだと言えるでしょう。

    このことは、これまでニュースを伝える者は、権力にこびないことを大事にしてきた価値観がメディア内で消失し、既存セレブ勢力とNHKが共同歩調をとりはじめた事実の表れでもあります。

    NHKは、ネットで行われた呼びかけが不正で、公的に認められている弁護士懲戒請求行為が不正であると報道するのなら、どの点が法の理念と合わないかを明確にすべきです。弁護士会もまた、なぜ懲戒請求行為に対して拒否の姿勢を示すかを明確にしなければいけません。一方的な悪ではないはずです。

    それにしても、人権を守ることを旗頭にしている弁護士さん達は、カッターナイフを送られて「2チャンネルのヒッキー達も加害者の少年と同じようにかわいそうな人たちだ」とどうして考えないのでしょうね。こうしたネットの人々も擁護したいと言ってくれればその行動を信用したい。

    もしNHKが「祭」報道は脅しではなく、その公平性と正当性を主張するのなら、同じような言い方をおかえししたい。2チャンネルと「祭」を十束ひとからげに議論する大雑把さならこれもゆるされるだろう。

    最近のNHKは、流行が収まったにもかかわらず、不必要な「韓流」びいきに思われる。何か組織内にあぶなそうなグループがいて意図的なことが行われているかもしれない。

私は2チャンネルに投稿したことはない。しかし、権力が異常な抑圧に走ることへは嫌悪感を感じる。

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国により多少の違いはあるが、権力とその周辺の政商たちが金流で犯す犯罪に対しては規制も少なく寛大である。しかし庶民がこうしたことを指摘することに対しては、権力によって緻密な摘発のネットがしかれるか、情報公開の壁が形成される。まだ人類はこのアンバランスを有効にコントロールできていない。

というより経済のグローバリゼーションによって、このアンバランスが急激に拡大する方向にあるようだ。個人財産が、小国の国家予算と同等であるという状態は異常だ。

ワナにはめられて、1億円の負債を抱え、一家離散し、オヤジは自殺しても、仕掛けたほうにはワナにはめた分しか咎めがない。
1億円とは、家族が不幸になり、その後の人生を棒に振り、人の自殺がかかる金額であることが議論されていない。詐欺とか横領とかいう罪名ではなく、業務上死罪相当という罪名があってもよい。年金の流用で多くの人人の生活程度をダウンさせ、先行きの希望をなくさせる行為は日本経済に対して相当ボディブローをかけている。景気が悪いために、多くの犯罪を誘発させている。

「金額によって殺人相当の犯罪となる」という概念が必要である。
そうすれば、金流にいる人々もおいそれとは悪いことができなくなるだろう。おそらく殺人相当の悪いことを数多くしているのだから。


こうした「権力者とその取り巻きセレブ優先」の運営を放置するとどうなるか。

まず「庶民の反感は、有効に権力層の自主規制へと機能することはない」と知る必要があります。
現代の日本をよく観察すればわかります。官僚の特別会計の自由裁量と秘密性・特殊法人への予算の傾斜配分・その理事への天下りといった公金横領について、これほど世の中で騒がれているにもかかわらず、官僚が行っていることは、自主規制ではなく、新たな規制と許認可権を求めたさらなる公金横領行動です。

たとえば、ジェットコースターで無残な死亡事故が生じたばあい、既存の組織の指導体制を改善するという行動よりは、公金横領のシステム作りを好みます。省内に新たな担当組織をつくり、すでに遊技場関係の社団法人があっても、その下に新たな社団法人を作り、それを維持する法体系を作ることに腐心します。既存組織の改善では、自分達の指導がいけなかったことを認めるような行動ですからまず絶対にやりません。こうして、エリート官僚が自分達の取り巻きへと垂れ流す公金が無限に増大してしまうのです。

官僚が支配するぞというあくなき野望はとどまることを知りません。

で、何が起こるか?歴史の中で、民が搾取され続けて息苦しくなったときに、暴動や破壊行為が起こってきます。それが民衆の共感を得たときに、巨大な革命行動へと発展し、既得権益層の秩序が崩壊し、次の既得権益層の建設に移行するのです。
すなわち日本国内の治安が悪化します。国論が2分され、日本人同士が憎しみ合うこととなります。いずれ殺し合いが散発し始め、一気に政治が流動化します。

そうならないようにするためには、金流の支配を国民がコントロールできるように、官僚の不正行為をきちんと明確化し公務員犯罪防止基本法を定めて、違反行為は処罰するようにできることが大事です。

公務員の違反を個別に規定するのでは逃げられます。基本法を制定し、公金の流用は国家を騒乱させる犯罪であることを明記することが必要です。
それはたんなる概念法ではなく、処罰体系が明確化したものである必要があります。

また、所属公務員の公金流用犯罪は、管理層の最も問題の大きい職務怠慢・管理能力の欠如として降格や公務員資格剥奪まで考えておく必要があります。流用金額により死罪を考える必要があります。中国では、官僚の犯罪を死罪で処罰することがありますが、公金横領はそれくらいしても抑制できるものではないのです。管理層にたいし、人事考課と出世へのペナルティーがなければ、官僚の公金横領はとめることができません。

権力層と国民とで適用される法体系が違うことによる不利益は、過去に、多くの不正を生み出してきました。ダブルスタンダードは予算の使用において不正を呼び込み、国家を疲弊させますから、廃止する方向で考えるべきです。

たとえば、年金をずさんに運用したといいますが、ずさんに運用しないと天下り先の厚生年金会館を生み出せなかったでしょうし、各種施設も作れなかったでしょう。つかうべき言葉は、「ずさん」ではなく、民間では「背任行為」として処罰されますし、当然そこで私的に流用した金は返還させることが求められます。ダブルスタンダードとはこういうことを言います。

そういえば、日本も中国も国民を盗聴している割には暴力団のリーダー格の逮捕をしたことがないね。きっと権力層と裏でつながっているのだろうね。

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