from 07.02.02
s.gif人と自分を守る事故時の対処法 最終更新日 2007. 02. 02

第10章 (おまけ)
事故時の対応と事故報告書


覚悟をきめて
誠実な態度で
事故を乗り切ろう

サーチエンジンから直接入ってきた人は、フレームで目次を示していますからこれで目次表示にするとタコ国全体が見やすいです。ここは 10 章から入ります。

(注意)
苦情報告書の書き方を求めて、ここに来る人が多い。私の経験を話しておこうね。ただ、タコ人はここで記載することを、社内で主張する場合にはきちんと周りを観察して行うべきだと注意しておきます。事故発生時の社内は人間の利害が表に出て渦巻く異常な感覚の中で動きます。ある宗教団体の中で、その教義はおかしいと発言したときに生じるような軋轢(あつれき)現象がおこります。あなたが正しいかどうかは関係なくあなたは企業内の無法な排除を受けるはずです。

 社外への事故報告に含まれるべき項目----社長!限界っしょ

 社長!限界っしょ

ごたくはいいから、報告書の書き方を早く教えろという現代人が多いから先にそちらを書いとくか。

「社長!限界っしょ」
これは、どなたかが雪印の事故時に新聞で示していた企業不祥事の対処順序。あまりにうまい言葉だったんで覚えている。

外部に発表せざるを得ない状況は、限界をこえたという意味でよく出来たすばらしいコピーです。

しゃ : 謝罪
ちょう: 調査
げん : 原因特定・公開
かい : 改善案発表
しょ : 処分・処罰発表

まだ、災害対策の真っ最中でも、マスコミはこの内容を要求するでしょう。

「調査中」とにべもなく言うのではなく、取材窓口と連絡方法、調査方法の実態および次の調査内容発表時期と方法、情報公開の姿勢、現在の社内の対応組織などなど、近隣の住民の安全と保護を報道していただくという気持ちで取り組めばよいのです。

さらに多くの関心ある国民への安心頂く情報は何かという考え方で報道すればよい。

社長など大事故でやめるのが大事な役割なのだから守ろうなど考えなくてよい。(思っていても口に出せば単なるアホだが)企業を守ることを最優先に報告を作成してゆくことが重要です。

処分だって、行わないわけにはいかないのだから、社長が「私を含めて行います」と言ったほうがわかりやすい。報道陣から「それはやめるということですか」ときかれるだろうから「二次災害が完全に防止できた段階で考える予定です」と答えればよい。

今のところよく被害者から訴えられて、「訴状を見ていないのでコメントできない」という言い方が当面のするどい質問の受け流しに役立っています。しかしインターネット時代はこうした記録が残り、忘れてもらえません。いずれ、新聞やテレビもインターネット内での追求を取り上げて「もう訴状を見ただろうからあのときのコメントをして下さい」という追求が始まる時代になります。陪審員制度とはそういう人々を増やしてゆく制度だろうと思います。

以下に各論を示すから、自分の会社にアレンジして報告してください。

 

 

 「人々を守る視点」を欠いた説明と表現はすべて不可

 

不二家にしろ、雪印にしろ社会的制裁を受けることになった致命的な視点の欠落があります。とくに、次に指摘する視点の欠落したスポークスマンなり、社長の漏らした一言が世間の怒りを燃えさからせて、本人は辞任に追い込まれ、会社のブランドイメージが立ち直れない状態まで追い込まれています。

雪印の社長は、食中毒菌のいる乳製品を出しておいて、一部病人も出している事態であっても、取材陣に対して「私は寝ていないんだっ」と威嚇しました。食中毒で倒れた人がいることをなんとも思っていないことがばれてしまいました。

不二家ははじめは「一部の技術者がしたこと」といい、次には「もうこれ以上ありません」と発表したあとで、「ボツリヌス菌が多少いても出荷しても良い」という社内技術標準があることが明らかになりました。食中毒菌は食品中に検出されてはいけません。さらに社長が説明した出荷品の毒性はどれくらいかと聞かれて「乳幼児が下痢をする程度」の軽微なものと説明してしまいました。 社外の目から見れば、不二家に「乳幼児なら死んでも良いのか」と切り返して聞くはずです。

ところが大部分の会社人は自社内の不祥事発生の場面でこの「人々を守る視点」を失って、正常な判断がきかなくなる傾向にあります。そのメカニズムは日常行われている次のようなことから発生しています。

社内ではトップは職権や考課権を利用して、正当な判断を封じこめることは簡単です。子分の誰かに「いいのか、おまえ・・・」と言わせればよいのです。日常の小さなミスを隠蔽するためにこういうことが継続すると、社内では「身をもって経営層を守ることが部下の勤め」といった価値観が生まれてきます。

しかし、外部にいったん内部告発などで公になった場合には、「いいのか、おまえ・・・」は事実上つかえなくなってしまいます。しかし、残念ながら、こうしたミス隠しの成功体験を持つ経営層はやっぱりこの手を使って逃げ切れると判断してしまいます。これが不二家や雪印の凋落の理由です。

外部で取りざたされる事態が発生したときの、最初の対応のやり方が、その後の企業存否に関する展開で最も重要な意味を持ちます。

多くの経営者とその取り巻きは逃げきれると責任回避と被害補償回避の視点から考えがちです。正直な情報を公開し、かつ人命を一番に考える2次被害防止措置を遅滞なくとっていれば、少なくとも会社の存続の問題に至るほどのダメージにはなりません。実際に多くのリコールが行われているのに社会問題化しない企業は数多くあります。

さらに2次被害防止へ十分な努力がなされていたかどうかは、事故後の罪の程度に影響します。文句無しの業務上過失致死罪となるかそれとも情状酌量がつくかの差が出来てしまいます。

監督官庁は必ず立ち入り調査に入りますし、企業との癒着と言われるのを恐れますから、それまでの協力関係など関係無しに厳しく取り締まるはずです。

企業内で「いいのか、おまえ・・・」で押さえつけが効いていた部下も、任意聴取の段階で「罪が重くなるぞ」といわれた時点であっけなく陥落するはずです。

被害補償は、「遺憾です」というような言葉で逃げようが逃げまいが企業のブランドイメージが急激に落ちてゆく中では、十分に行わざるを得なくなります。けちったら、存続の危機にある企業イメージをさらに落とすことになるからです。JR西日本が、福知山線事故で被害者補償を十分にしないためにさらにイメージを落としています。

さらに上層部や人事部門へ責任の及ぶ管理責任を逃げ切ろうと、裁判で争われた「日勤教育」の正当性を主張するなど被害者の気持ちをさかなでしている様子は、何も反省していないことを世間に丸出しにしていて、現在の経営層が何も解っていないことを示しています。JR西日本はあまりに強い官僚主義の文化が存在するためにあれほどの人身事故被害を出しながら危機管理能力がいまだに育っていません。

JR西日本が倒産しないのはすぐに代替出来ない鉄道という特殊な業種だからです。さらに官僚の天下り先として保護されるという特殊事情も存在します。一般企業であればとうの昔に消えているはずです。

人々を守る視点からの対応さえできれば、企業の存続をかけた事態でも最も軽い制裁ですみます。それが出来ないのは、経営層が保身対応を優先するからです。

では何をすればよいのかを順に考えてみましょう。

謝罪と二次被害拡大防止措置

  1. 謝罪は社長の仕事

    人の命や、傷病にいたるような不祥事をしでかしたのですから、まずそのことを世間にお詫びしなければいけません。ただ、「このようなことを起こしてまことに遺憾です」というようなマニュアル的な言い方は謝っているようで、実は世間の気持ちを逆なでしています。遺憾とは「自分の考えていたことと違って不満」という意味ですから、謝罪していません。遺憾という用語を使っている段階で、「自分は直接の責任者ではなく部下がやったこと」といっていますし、あとで、法廷での戦いになったときに「謝罪していないから非を認めたわけではない」といいはろうという態度が見え見えです。

    誰が謝罪するのかということですが、当初、社長を表に出さず、下部組織の部門長が謝罪に向かうというのが日本の会社の内部の考え方です。官僚も、水俣病でも八代海の漁獲減少でも謝罪したためしがありません。諫早干拓に至るまで多くの有明海干拓を指導してきた出先の九州農政局長ですら謝罪したことがありません。だから下っ端の役人から見れば本庁の厚生省や農林水産省の次官に謝れということなど、神に謝れといっているようなものかもしれません。一般の企業でも日常の判断では、社長にまで謝りに行かせなくて済むように下ががんばるというメンタリティが普通なのです。こうした考え方をする人々に外部におよぼした災害や事故処理は不向きです。企業のブランドイメージが瀕死になりつつあるときに、社内の上下関係でしか考えられないアホさ加減だからです。社長が危機管理の対処を常々考えておかなければいけません。しかしマスコミに騒がれ、社会問題になってから遅れてしぶしぶ被害者宅へ向かう社長があとをたちません。

    企業がしでかした罪の謝罪は社長の仕事です。

    下っ端に行かせることは例外だという感覚が大事です。下っ端に謝罪に行かせても世間に認めてもらえるのは、一般の人々の生命や財産を脅かさない程度の軽微な罪です。たとえば、人が怪我をしたり病気になったりすれば、すでに社長の仕事の領域です。また、商品が発火すれば社長の謝罪領域です。うっかりすれば一生かけて返済するはずの財産を火事で焼失させてしまうかもしれないからです。そんな小さいことでいちいち社長のお出ましを願えるかと考えているあなたは本当におきてしまった巨大事故時に対応できなくなります。社長も同じように考えているとすれば、普段から絶対に火事をおこさない商品開発を本気で指導していればよいのです。

    「年頭の挨拶で徹底したから自分の責任はない」と考え、マスコミにそう発言するアホ社長がいます。その程度の指導しか出来ないから、下層部が事故品を売り出すような不始末を何度もしてしまうのです。そのようなことを平気で言える社長は、危機管理能力がないことと、指導力がないことを同時に世間に公開しているようなものです。もうひとつ、言ってよいことと悪いことのけじめもつかない表現能力にも疑問符がつきます。

    派手な衣装と帽子でマスコミにもてはやされたアパホテルの女社長が耐震設計違反に巻き込まれました。 彼女の危機管理力は謝罪の手本のようなものです。まず、新たな顧客の受付を停止させ、受験時期の客もいることを配慮して、他のホテルへの手配努力をし始めました。顧客の安全とホテル利用の機会利益を大事にする姿勢を見せました。二次災害を防止することに全力を尽くしたわけです。

    マスコミのカメラの前での彼女は髪をぼさぼさにしてノーメイクで涙をぽろぽろ流しながらみっともなく謝罪しました。決して水落建築士のせいになんかせずに、ご迷惑をかけたことをただひたすら謝りました。すごい人です。これでアパホテルのブランドイメージは決定的に落ちてしまうことだけは防ぐことが出来たのです。

    人に害を与えたいじょう、ののしられようが、石をぶつけられようが、それ以上にひどい傷病を一般の人々に及ぼした責任があるはずですから、当然社長が責めを受けて何よりも早く被害者へ謝罪するのが常識です。 会ってもらえなくても社長は出かけなければなりません。これが常識に思えないのなら、これを読んでいるあなたは事故時に必ず失策をしてしまうでしょう。

    それにあってもらえないほうが、会ってくれても親戚縁者一同からののしられ罵倒されつづけるより楽でしょう?まず謝罪に社長が真っ先に出かけたことが世間の許しの第一歩なのです。そういうことも考えることが出来ない無能な社長って本当にその組織にいる意味があるのでしょうか?

    普段、楽をして、お金もがっぽり貰っている理由は、会社の危機時にお役目を果たせることが期待されているのです。

     

  2. 支援と保証、およびその体制

    謝罪の場では被害者の支援の窓口を伝えるべきです。多くの無能なトップ達は、謝罪すると被害補償を払わなければならないとか、謝罪先で保証の話をすべきではないと考えて、とおりいっぺんのマニュアル謝罪しかしないことが多いのです。

    しかし、傷病を引き起こした事故で「非を認めたわけではない」という言い方がとおるとかんがえていることこそ、周囲が見えていない判断なのです。会社内でずっとやってきた自分のミスを覆い隠してきた行動の成功体験が、また今回も逃げて成功すると考えさせるのです。社会に告発されたら犯罪者ですから、社内の上下関係のしばりなど消えてしまいます。

    保証は必ずしなければいけないのですから値切るとかそういう話ではありません。会社にとってもっと深刻なのは一人当たり数千万円支払う保証額より、数百億円かけてもとりかえせないブランドイメージの危機にいるという感覚が希薄なことです。部下に謝罪の言葉を立案させて棒読みにする社長はブランドイメージの危機にあることを理解できないのでしょうね。

    「被害者には、出来うる限りの支援と保証をしたい」という旨の意志表示と会社窓口の担当者を公表することが必要です。謝罪に行く前に支援体制づくりを指示して出かけるくらいが人間としての礼儀でしょう。被害者と保証担当窓口従業員とを引き合わせることも可能です。

    自分の家族が傷つけられて、「非を認めたわけではない」口調で謝罪される状況を想像できないような社長は一般社会感覚が希薄です。消費者の希望する売れる商品の想像などできるわけがありません。

    自分が威張っていられるのは会社内だけで、社外ではただのおじさんということがわからない人物は本当に社会性があるのでしょうか?

     

  3. 事故の範囲の確定、二次災害防止措置

    商品で事故が生じていますから、公表義務が生じます。瞬時の二次被害対応の情報公開を怠ると、公開のタイミングを失い、情報公開に非協力的な企業と受け止められます。その後の発表がすべて言い訳に見えてしまう状況を生み出してしまいます。

    1 事故品の範囲
    2 他の商品でどれくらいの事故品が発生していたか
    3 二次被害を防止するためにどのようなことをしてきた。その方法と根拠
    4 事故拡大の見通しはどうか。
    5 消費者への協力依頼事項
    6 原因究明方針と組織化の現状
    
    公表しない部分でも、内部の対策支援の必要の有無の判断を要求されます。 公表の必要性は解るけれど、かといって、事故の規模や被害実態など、事態は刻々変化していきます。

    従業員のなかには会社のためをおもってウソの情報をあげることもありますから、ウソをつかないで報告するように厳命をすることが必要です。事故対策本部長は、世間への公表義務があり、こうした情報の錯綜をコントロールしながら公表のタイミングを判断しなければいけません。なんでも正直に公表したところ、間違いの数値が次々と流れて、マスコミが勇み足をした結果となっては、外部からあの企業は正直風にしているがウソをついていると苛立ちをもたれる結果となってしまいます。事故対策本部長の横には常時外部発表の原案を作るスポークスマンがいなければなりません。

    毎回である必要はないですが、事故品の回収状況は出来れば公表して、マスコミの信任を得るほうが良いです。マスコミが必要とする最初の情報は、事態がまだ拡大しているのか、収束に向かっているのかの情報です。むしろ、危険な内容を公表してマスコミに協力してもらって二次被害の防止に全力をつくす姿勢であればよいのです。

    公表する場合には、体面を大事にする官僚への報告をマスコミより一瞬でも早くしておく配慮をしましょう。官僚もまた、自分に責任追及の被害がこないようにするために情報がいち早く欲しいのです。

    また官僚は、外部に今後の規制策を発表する立場になりますから、事故の状況、原因、人的被害の実情、二次被害の有無。二次汚染の有無、それらの防止策、恒久対策案と予算措置・納期などの報告を要求するでしょう。
    ばれることを恐れる経営者達は、今度は監督官庁の規制を緩やかにしてもらうことばかりに気が向いてしまいます。そこに、社会人不適格者としての落とし穴が生じます。

    官僚が必要とする情報は被害者である一般の人々にもいちばん関心ある情報です。「なぜ自分の家族は死ななければならなかったのか」ということに遺族自身が回答を求められるのです。

    遺族以外の第三者であっても、「自分の子供がもしまきこまれていたら・・・」と考えるものです。マスコミへの報告は「一般の人々に広報していただく」という気持ちで行う必要があります。

    もし事故後の対応が国民に受け入れられれば、多少ドタバタしていたとしてもむしろ良い企業としてイメージを持ってもらうことも可能です。多少の補償額をケチって、数百億円のブランドイメージを落とし、株価を下落させてしまうより、1千万円ほどの積み増し補償をドンと行って数百億円の信用を獲得するほうがましという計算の出来ない経営層は無能です。 出来るだけの補償をしますというのが言葉だけでしか考えられない無能な経営者が多いことはそこで生計を立てている従業員にとっては不幸なことです。

     

  4. 官僚が要求する規制のための協力

    あまり社会問題化していない段階では、官僚のふところに入って相談することは効果的ですが、同じ人物でも、問題が社会問題化している場合には、容赦ない敵に変貌します。いつでも何とかしてもらえるとは考えてはいけません。

    また官僚には、企業が事故をおこしたときが一番、自省の指導力の強化を図れるときですから、上記の案とは別に指導という名で解決案(恒久対策)を必ず要求してきます。企業に作らせた解決案をネタにして加工し、次の国会で新たな許認可権限を獲得しようとします。だから問題を起こした企業に対しては、事故のような一番忙しいときにこうした表向き「問題解決案」(本音は「次期国会の規制法案」のネタ)を提出するように要求してきますので、こうした報告書作成の人材を配置することを覚悟しなければいけません。

    1目的
    2社長の役割
    3日常の対策組織
    4監視者の権限と職務
    5事故の処罰ルールと体系
    6事故時の対策本部組織
    7報告様式設定
    8官庁への報告書式と項目
    9日常と事故時の社内の情報ルート
    10具体的な基準類。
    
    しかも事故をおこした部門しかわからないことが多いですから、事故でてんてこ舞いしている部門が、通常ならこうした何ヶ月もかかる大作を1週間以内くらいにつくることになります。本社は、支援のために、こうした報告書作成要員をフルタイムで事故対策本部に送り込む必要があります。

    危機管理にへたくそな雪印や不二家は、あとからあとから公的機関から発表される原因や不誠実な対応でマスコミにだんだんと原因に踏み込まれ、じりじりとすべてを明らかにされてしまいした。初めから誠実に公開しておけば、長い期間にわたって企業ブランドを汚しつづけるようなはめにはならなかったはずです。

    不二家はさっさと社長が辞めたのですが、ずるずるとウソをついていた新事実が解るものですから企業ブランドは致命的に落ちてしまいました。社長が辞めれば世間から赦してもらえるのではなく、社長が辞めるのは問題解決の必要条件であり、さらに十分条件としてうそのない情報公開がブランドをすくうのです。

    社長が辞めるのは処罰ではなく、事故を発生させてしまった管理能力のなさを自ら認める意味で行えばよいのです。 辞任は、社長しか出来ない世間への謝罪の方法です。

    不祥事の責任をとって、「社長が代表権のある会長になる」という発表をする会社も多いですが消費者は結構覚えています。企業のブランド価値はいつでも転がり落ちる分水嶺にあります。あとで新事実がわかれば、間違いなく会長追い落としの世論が盛り上がります。そしてブランドイメージの下落は新たな事故の場合のレベルから始まるのではなく、下落イメージのスタートポイントとして前回逃げ切ったたはずの危機時の落ちたレベルから始まります。

    野球の巨人が人気が落ちている理由もここらあたりにあります。勝てないためだけではありません。

 事故最中の対応と調査

     

  1. 事故時はうそのない情報で勝負する

    外部発表だけを考えれば、「事故調査をさせる」感覚になりますが、当事者には事故最中の対応が最も求められています。事故拡大を防ぎ、情報を集約しながら、従業員の二次災害も防ぎつつ、本社やマスコミ、官庁への報告をしてゆかなければなりません。場合によっては消防署や警察署の要請で、社内の能力のある人物が事故対策から隔離されることもしばしばです。

    事故最中の事故調査は社内のあらゆる立場の人にオープンでなされるべきです。一部の人々に調査権限を与え、一部の経営層だけしか知らない報告をつくれば、必ず事実とは異なる経営層を守る責任回避のための報告しか出来上がりません。そして、その雰囲気はマスコミにキャッチされますから激しい追及に企業が置かれることになります。

    所轄官庁は立ち入り調査権をもちますから、責任回避型の報告では赦してもらえません。必ず、ずるずると新しい結果が判明してゆくことになります。それも、経営層に都合のわるい内容のものがマスコミに判明することになります。

    オープンになり始めれば、隠すということが不可能になります。因果関係が科学的に再現できる世界での事故ですから、ウソをついても科学的に簡単に反証されてしまいます。結果としては責任をとって辞任ということでしか治まらなくなってしまいます。事故は覆い隠すことが一番傷口を拡大する最悪の対処方法ということが出来ます。

    事故対策本部長は多くの場合、事故発生部門長がその任務につくことになるでしょう。なぜならば、他からきた人間には従業員のほうがなかなか正直な情報を提供しないからです。従業員は考課権のある人物しか、「正直に報告せよ」と指示したときに動かせないのです。

     

  2. 実際の事故最中の動きの例

    私の先輩が工場長(ある工場のトップ)のときに行っていた事故時の行動を紹介しておきたいと思います。これは特別のやり方ではなく、お医者さんが大きな手術をする前に全員を集めて意志を集約しオペの方法と手順を徹底する方法と全く同じです。

    事故対策本部を置く場所は、現場の情報が取得しやすい場所に近い、現場の人たちも含めた全員が入れる大広間にします。

    中央に事故対策本部長が座ります。すぐ横に、ノートへ報告事項を記録する有能な人物が配置されます。また反対の横には、各部門へ指令を飛ばす役割の人物を配置します。

    本部長の後ろには記録や説明用に大型の白板が3〜4面配置されます。さらに、みんなが見える場所にパソコンから直接映写できるプロジェクターとスクリーンが配置されます。これらは常備されていますし、他のディスカッションでも良く使われているものです。 白板の一面には、本部から現場に向かった人が自分で行く場所と帰ってきたかどうかを記入します。事故によっては現場へ視察にいったまま倒れてしまうということもありうるから、全員が今どこでどのような作業に従事しているか記入するのです。戻ってきた人は本部長に報告をします。

    このときの報告は、時系列に時刻を記入しながら報告どおりに白板に記録されてゆきます。だから、部屋に入った人はすべてこの情報に触れることが出来ますし、自分は何をすべきかを考えたり判断することが出来ます。記録は本人が書いたり、本部長のそばにいる人が書いたり臨機応変に行います。

    白板のひとつは報告する本人がイラストで全員に説明する場所です。本部長が納得できるまで、絵を書きながらやり取りして聞くわけです。すべての人はこれを聞き、疑問があれば質問できます。また、対応策にアイデアがあれば発言することが出来ます。
    やりとりのあと必ず、本部長からの指示が飛びます。その指示は白板に経時的な記録事項として書き込まれてゆきます。白板にはコピー機能がついていて次々に変わってゆくイラストを記録してゆきます。 報告の合間に、記録係がイラストを清書してゆきます。

    現場にいる必要のある人以外は、事故対策本部に詰めておくのが原則です。必ず椅子に座るように要求されます。その意味は事故時には何人かが浮き足立つと、全員が浮き足立ってしまうからです。本部長への報告も座って報告してかまいません。入ってきた人に取り立てて説明は行われませんが、全員が白板の経時的な記録と目の前で行われる報告を聞いていますから、全員がよく事態を把握しています。あたらしいことに気づいた人が飛び出していって確認してくるのです。あるいは、帰宅した検査員や管理職などが気づいた人から呼び出されます。事故時には一家団欒していようが、大事なデート中であろうがお構い無しです。

    これには、従業員の意識教育がこめられています。

    事故発生場所のトップは事故の重大さを十分認識できます。しかし経営者や従業員はマスコミが大騒ぎするまでは、さほど事態の重要性を認識しないものです。
    自分達の生活基盤の危機に際しては何よりも優先して参加するべきだという、つよい信念があるのです。一部の真面目なやつだけがやる事故対応なら、参加しなかった人物は責任からも逃げることが出来ます。デートのあとに所帯を持てば生活基盤はやはり会社です。

    事故対策本部に全員が詰めることには他の意味があります。それは、事故品の範囲が確定したら、直ちに全員が倉庫や外部の倉庫に出向いて、出荷停止と、回収活動を行うのです。副工場長でも作業員として行動します。範囲が確定しない場合は、事故の程度に応じて安全を見込んだ範囲で広く出荷停止をかけておきます。二次災害の防止は全員が取り組むのです。

    その場に参加している人たちには、一体感が生じ、深夜にわたっても帰宅せずに事故対応に協力してもらえます。当然食事の手配を人事部門がします。

    恒久対策は、部長クラスや係長クラスまでが参加して、予算措置を含めた案が作られます。ほとんどが参加しているので、経過説明には長い時間は必要ありません。

    記録係は、本部長の指示を貰いながら、刻々と変化する情報を本社に流しつづけます。本社は経営層への報告と外部広報に追われています。しかし情報は事故現場にしかありません。本社との間でも、まだあやふやなすべての情報を流すというようなことは行われません。間違いのない情報がFAXされ、推測やみとおしの場合は電話で情報が行き交います。本社の動きは本部長へと報告されます。

    本社側が外部報告するような、ある段階になるとかなり詳しい報告を要求してきますから、記録係一人ではとてもまとめきれません。目の前に座っている人々の中から報告作成要員が組織化されて、本社報告が作成されてゆきます。これはプロジェクター上でやり取りしながら行われます。必要な現場データは現場の人しかすぐにはとりだせないのです。現場の人々にも見られたくない微妙な数値などは、印刷した紙でやり取りが行われます。

    こうした作業は事務系の人のほうがなれています。さらに広報部門や人事部門は事務系の人がパイプを握っています。だから事務系の人々も始めから広間に詰めて本社とのやり取りの窓口役を務めます。

    本社報告をまとめていく段階で、多くの抜け落ちた事項や疑問点が浮上してきます。その場で現場や試験の人たちに意見が求められて、必要な写真やイラスト類が集められます。本社報告の最終の取りまとめは報告作成者と本部長、本社窓口だけの極秘会議となります。参加者の余計な憶測を引き起こさないためです。多くの中間層はその間の事故対応全体を守ってゆきます。

    事故現場が、ウソの見通しや悲観的な見通し、楽観的な見通しをすれば本社側はそれに応じて外部発表の対応の仕方が大きくぶれる結果になります。たとえば、現場側が、責任回避のために、「私が来たときにはもうどうしようもありませんでした」と言えば、本社は致命的な事故で回復見通しがないと受け止めがちです。いきおい、本社の広報内容は事実がわかってしまったときのことを恐れて、被害を誇大に表現してしまいがちです。「事故はほとんど終息してきています」と言えば、本社のほうは必要な情報とそうでない情報をより分けて報道しようとするでしょう。現場の報告にウソがあれば悲惨です。関係者全員が社会からの反発にあって辞任することになるでしょう。

    こそこそ反社会的な指示をすれば、不二家のように内部告発を受けてしまいます。現場の事故対策本部が秘密裏に行われれば、悲惨な結果になりがちです。事故の真っ只中で、短時間で現実の事故対応も情報収集も記録も、各方面への報告書作成もやってゆくには多くの人々が動かないと出来ませんから、内部的にはオープンに行うしかやる方法はないのです。

 

 

 原因特定と公開

事故は当日中に原因特定できるとは限りません。また当日中に原因特定できてもストレートに発表すればどのような影響が出るかを検討する時間が必要です。

しかし、いずれ発表するのですから、ウソをつかないという前提に立てば出来るだけ早い段階で発表してしまえば、ずるずるとブランドへの悪影響を引きずることにはなりません。

原因はかってに発表してよいというものではなくて、監督官庁への報告と合意、本社との発表方針のすり合わせ、参加した従業員への報告を済ませた上で行われるべきです。マスコミは玄関で一般従業員へのインタビューを実施することが普通です。

原因の発表段階になればほとんど本社が窓口になって動いてゆきますから、本社内の各部門と事故発生部門との連携をとる必要があります。当然そうした部門長のステータスより高いステータスの専務取締役などが総本部長として統合指揮をとることがのぞましいです。

広報部門は会社へのダメージが最も少なくなるポイントを探りながら、ニュースリリースを作成し、社長の説明原案を作ってゆきます。現場を守ろうという視点などはありません。だから、本社報告作成時にこのことを頭に入れて作成する必要があります。

事故をおこした責任は現場にありますし、会社に迷惑をかけたわけですから、現場は本社への謝罪をする必要があります。報告とは別紙でお詫びの文書を作成して上にのせておきましょう。報告書内に良い子ぶって私達がいけませんでしたと書きすぎると、そのままトップや外部に伝わり、ちょうどいいからこいつらに責任をとってもらおうということになってしまいます。事実以上でも以下でもない報告書であるべきです。

いったん原因として外部に発表してしまうとあとはその情報が一人歩きします。多くの人が謎解きに参加してきますし、問合せが急増してきます。原因を特定し公開するなら、その覚悟のもとになされる必要があります。広報部門のためにも想定問答集を同時に作成しておくことが必要です。想定問答集は本社の技術陣が作るほうが望ましいでしょう。当事者はどうしても隠したい部分を言い訳口調にしたり、あいまいにしてしまう傾向にあります。

事故発生セクションの長は、自分に責任の少ない原因を作り上げて必死で他の意見を抑えがちです。他の人たちも自分の責任ではないから、以降の感情的トラブルを残さないためにあまりとやかくいわない傾向になります。しかしここに二つの危機がひそみます。

ひとつは、社内で正義感に燃えた人がいる場合には、社内でいくつかの意見が流れます。いずれ、でっち上げしたセクション長はうそつきという風評に悩むことになります。正義漢のほうも、社内に風評を流したけしからんやつという守る側のグループからの攻撃があるでしょう。いずれにせよ、ウソをつくと社内が分裂して、派閥が暗躍する暗い社風になります。事故や災害が起こると、それまでの不正分子が一掃されるかというと、むしろ逆で、正義の人々が排除されてゆく傾向があります。

もうひとつは、内部告発です。いったん外部に発表した原因が内部告発で覆ったらどうなるでしょう。多くのマスコミや立ち入り権限のある官庁の追及をかわさなければならなくなります。外部には大学教授のような専門家もいますから、いずれマスコミはかなり事実に肉薄するでしょう。

かわしきれないとトップ陣が感じたら、ウソをついた周辺の人を含めて処分されるはずです。それも、会社のブランドイメージを落としたわけですから、かなり厳しめの処分になりますね。

いずれの場合でも、多くの人を巻き込みながら悲劇が進行します。トップとはこうした逃げのための「原因でっち上げ」を赦してはいけません。責任回避のために「私はやつらに騙された」といえば、あなたの評判はとたんにがた落ちです。その発言で社内掌握力指導力もないことを同時に公表しているのです。会社を守る立場にあるのだから、逃げやおおい隠しを目的とした原因究明をしてはいけません。たとえ一時期うそがつけても、ウソがばれないようにするためには対処のための予算も、ウソの原因用と真の原因に対策する予算とを積み増していなければいけないからね。

マスコミからの対策案の公開要求がすぐに次に待っているのですよ。予算使用は記録に残るから立ち入り調査で見る人がみればばれますね。ばれたら会社はおしまいという、かなりやばい橋を渡ろうとしていることに気づくべきです。

正直に公表すれば、どうってことのない処分で済むことが、新たな罪を自分で創造してどんどん重い罪を背負い込むことになってしまいます。

外部発表は、本社主導でおこない、被害者とその家族、監督官庁、マスコミへ、順序とタイミングを間違わずに行わなければいけません。処分の発表までこの配慮を怠ってはいけません。

 

 

 改善案の公開

事故再発防止のための対策案をマスコミに公表します。公表しないと次になにか事故をおこしたときに、前回のあれこれをほじくり出されて実際に対策など行われていないと報道されがちです。スタート時点から悪意に満ちた取材になるでしょう。

誠実な会社ならどうするかという視点で行動しておくのが一番です。万人が認める「絶対に人を傷病にさせない案」であれば、誠実だと評価してもらえるでしょう。誠実だと評価するのはマスコミが探してきた大学教授などの専門家になると思えば良いと思います。だから、根拠を科学的に説明してあって、それが人を守るという視点だけでなく、製造についても同時に省エネルギーになるとかいう夢のある取り組みになっていれば良い評価につながると思います。原理や根拠もあわせて説明しておくことが大事です。

「朝礼で毎日徹底する」などといった対策案であれば、本気度が疑われてしまうでしょう。

簡単なことです。

本気に取り組んだ人が考えれば、世間から評価してもらえる対策案になっているはずです。予算の積算と納期の提示は企業の本気度の指標として見られますから、出来れば原因発表時に同時に発表することが望ましいです。企業のブランドイメージを守ろうとしているときですら、あほな企画部門は例年の予算審議の感覚で予算額の評価をしがちです。これは対策案の予算ではなくブランドイメージ低下対策費なのです。経営トップが予算決定を主導すべきです。

通常では原因究明の公開と、対策案の提示は同時に行われますから、部門間の連携を良くするためにプロジェクトチームを組んで早期の対策案立案を行う必要があります。

JR西日本のように事故をおこしてしまってから、社会でさんざんたたかれたざんげのための「日勤教育」をどうするかと議論すると、経営層の保身の方向しか決断が向けられなくなります。

ちょうどいい事例ですから、自社内でもしJR西日本の「日勤教育」のような指弾を外部から受けたら、自社ではどのように対応すべきかをトップ主導で議論を行い、社内危機管理の公式の見解として結論をだしておくと社内の分裂が生じません。他社事例だと、損得が見えやすいものです。

雪印や不二家の事例を詳しく調べて、マスコミに取り上げられ追求された内容とその理由、および望ましい対応を一覧表で作成して、社内で議論すれば危機管理のポイントをはずすことはなくなるでしょう。

それを経営層へ読ませることで、経営層への教育と覚悟を決めさせておくことが企業防衛には必要なことです。

 

  処分の発表

外部で問題にされるような事故をおこしたのであれば、処分をせざるを得ません。

まず社長は、自らの処分内容とその理由を発表すべきです。ちょうど良いタイミングです。取締役の中で社内調和を乱す人々も一緒に処分できるいいチャンスと思えばいいです。後々社内で影響力を残したければ、大ナタを振るったほうが企業のブランドイメージに傷のつき方が小さくなって、会社を救った社長の影響力は辞任後も残せますよね。

他の資本家からのオファーが来る可能性も大きくなります。

もし現場に近いほうの下っ端だけ処分すれば、企業不信感が増してきますから、ブランドイメージ維持の視点から見れば失敗になります。

処分の厳しさと、ブランドイメージ維持への効果とは+の相関を持ちます。だから社内への甘さはブランドへの不信という結果になります。身内にやさしい役人の不祥事への厳しい目が年々さらに厳しくなっている理由をよく知っておく必要があります。

 

 

 渦中のタコ人としてのあなたの対応

 

ギャンブル小市民か決める

で、ここに迷い込んだあなたは事故報告をどうかくかを知りたいんだよね。それも逃げを打ちたがっている上司の意向を踏まえながら、何も自分に咎(とが)がこないようにしたいわけだ。

方法は余りありません。逃げを打つことに協力するのなら、ばれたときに上司とともに冷や飯を覚悟したという選択をしていることになります。そのかわり、その上司が逃げ切ってしまえば、他のやつよりずっと早く昇進できる切符をもらったことになります。早い話がギャンブルすることを選択したことになるわけです。

この選択では上司が靴を舐めろと指示すれば舐めるしかありません。

この選択で一応正直に事実を報告作成する方法があります。逃げたがっている上司に添削させてあぶない部分を削除させ、自分の責任を回避するという作戦です。添削させた時点であなたはその上司の身内ではなくなります。派閥から排除されるのはしかたがありません。取締役はあきらめて、普通のまっとうなサラリーマンを目指せばよいです。

企業の一大事ならこの選択はそう悪いものではありません。上司に「馬鹿」といわれるくらいが直接に感じるいやなことになるでしょう。毎日三越でブランド品を買う生活は出来なくなっても、妻や子供達に辛い思いをさせることだけは回避できます。

 

正義に根ざした行動をとるという方法もあります。あなたは削除を認めないと主張するわけです。その上司の派閥全体および、企画部門や人事部門から、あなたの人格攻撃が始まるのは時間の問題です。社内の大問題に発展するのは必定です。しかし、その問題が公で話されることはなくなるでしょう。多くの従業員からはあなたと関係があると思われたくないから距離をおかれて、友達がいなくなります。

それでもウソの報告が、官庁の立ち入りで真実が発覚してマスコミで報道され、ばれてしまって逃げをうった上司が失脚したとしましょう。

あなたがヒーローかといえばそうでもありません。あなたは会社の秘密を暴露しかねない危険人物として人事関係者からどくろマークがつけられています。その雰囲気は社内全体が共有しますから、あなたに重要な場面を任せられることは少なくなるでしょう。課長にもしてもらえなくなる恐れがあります。日本の社会の暗い一面です。

社内の有力者の中に危機管理の方法がわかっている人物がいれば、裏のほうでその人に相談するしかありません。日常危機管理を考えている人物は、事実を上手に正直に公表する方法を知っていますし、ウソをつくことの怖さも熟知しています。パイプもない中で突然出来ることでもありませんね。

あなたがやれることはおそらく、今の上司はいつか失脚するかもしれない人物であることを頭において接するしかありません。そして、危機管理を考えている上司ならどうするかなあという線で一度報告書を作ってみることをおすすめします。次に社会に上手に公表するにはどういう表現がいいのかを吟味して推敲した案にします。この段階であなたは将来の危機管理のときの訓練を終了したことになりますね。

ついでにこれを原案として自分のパソコン内に保管しておきましょう。監督官庁の立ち入り調査時に押収されることを前提に残しておいて身を守ります。

次にあなたが逃げをうつ上司からどの程度馬鹿呼ばわりされることを許容するかを決めて新たに表現を変えてゆきます。いずれにしても馬鹿呼ばわりされたほうが社会的制裁は比例してちいさくなるはずです。

上司が指摘したことを全部そのとおりに書くしかありません。結果として靴を舐める人々とおなじ選択しかありませんね。

こうした処世術を聞きつづけると、人間としての感覚が麻痺してきます。そのような時は南洋のツバルなどに行って、地元の人々の笑顔とゆっくりした時間の中で人間の本性を取り戻してくればよいです。日本やアメリカのビジネス環境における人間関係は異常ですから、他人を受け入れようとする人から傷つきやすく出来ています。大人になると社会性という用語でこのギャップを理解しようとします。処世術とはそのような社会性の要求から出来てくるものです。

あなたがえらくなったとき、俺ならこんなやり方はしないぞと心に決めれば、靴を舐めてもいいのではないでしょうか。ただし、社会にウソをつくことで一般の人に新たな被害者が出るような事態であれば、氏名を出さないことを条件に内部告発者として行動すべきでしょう。「家を守る」という道徳は、さもしい上司を守るということではなく、これから永続させてゆくべき会社のブランドイメージを守るということです。一般の人の安全を守ることが最も会社のブランドイメージを守る行動となっているはずです。

s.gif
こんなときこそみんなが貴方を見ています。s.gif
 しっかりして。
  フレーム目次を表示

  Indexへ s.gifs.gif第10章へ
上へ